人は社会や環境からの影響を受け成長し、また、常に変容し続けるものです。実際、我々動物の脳神経系は、ゲノム情報などの内因性の情報のみならず、生活環境や親・社会との相互作用などの外因性の情報も受けて形作られます。また、成体になっても、神経ネットワーク構造やその生理学的な機能が随時変化することが分かってきました。本分野では、鳴禽類が個体間音声コミュニケーション能力を生後発達させる機構や、げっ歯類における認知学習機構、病態時における脳機能の 障害機構、培養細胞における遺伝子発現制御機構などを現在、研究対象としています。研究手法としては、分子生物学的技術、細胞生物学、光遺伝学、脳内イメージング、動物行動解析技術を使用し、これらの技術を統合的に用いることで、脳が“変わる”機構を明らかにすることを研究の目的とします。将来的には、脳機能の根源的理解を深めるとともに、脳機能疾患に対する予防法・治療法の開発や、学習や健全な発育を促進するよりよい教育システムの確立を目指します。
English
コミュニケーション能力の脳内機構の解明
言語・非言語コミュニケーションの動物モデルとして、鳴禽類に着目しています。鳴禽類は音声シーケンスを使用して他個体と意思疎通・コミュニケーションします。さえずり翻訳プログラム(SAIBS:Kawaji, 2024)、鳴禽類注意定量化システム(MCFBM:Fujibayashi 2024)、ヴァーチャルリアリティー実験システムや、動物テレコミュニケーション実験システム、鳴禽類アバターコミュニケーションシステム、脳活動イメージングなどの我々の研究室で開発した独自の手段を活用し、コミュニケーションの様式と脳内機構の解明を目指した研究を進めています。また、このような動物の能力発達に関与する「生まれ」と「育ち」の影響を実験的に制御し、個体の能力の発達メカニズムも探求しています。動物モデルでの実験を通じて、ヒトの言語などの高次情報処理に繋がる脳内の神経メカニズム、発達メカニズムの解明を目指しています。
動物脳内の情報処理機構とその変化機構の解明
電気生理学的手法や、超軽量顕微鏡を用いて、自由行動する動物の脳内細胞の神経発火を計測し、脳内の高次情報処理機構を明らかにしています。また、そのような機能回路が動作する過程、形成される過程、可塑的に変化するメカニズムを明らかにします。さらに、独自技術を用い、生体脳内の可塑性関連分子の機能をライブイメージングすることができるようになりました。これらの技術を用い、記憶学習の過程や、ストレス受容の過程など、脳が情報に応じてどのように機能や変化するのかを明らかにしています。
神経可塑性分子機構の大規模解析
我々は細胞のアイデンティティの確立と変化に重要な役割を果たす転写因子の活性を効率的に定量化する手法を開発しました(Abe 2022)。これを活用し、神経活動がどのように遺伝子発現へ変換されるのか、ゲノム・転写因子・トランスクリプトームのマルチオミクスの観点から、その詳細な分子機構を明らかにしています。また、神経細胞の他にも、ヒト臨床サンプルやがん細胞株などの細胞における遺伝子発現・転写因子活性を 明らかにし細胞がその性質を獲得する機構の解析を行っています。。
生活習慣や病気に伴う脳の変化の解析と予防法・治療法の開発
ストレス、うつ病、生活習慣病、老化などの疾患の他、ライフサイクルや生活習慣など、脳の機能は状況や生活スタイルに応じて大きく変容します。独自開発の遺伝子発現―転写因子活性定量評価法(Abe 2022)によりハイスループットにこのような変化過程での多数の細胞内在の遺伝子発現―転写因子活性を定量評価し、脳が刺激を受け、ダイナミックにその性質を変化させる分子機構を明らかにしています。さらにはそれら疾患に対する新規な予防法・治療法の開発を目指しています。。